妄想カフェ
 夕方の4時頃、狭い店内はたくさんの人で賑わっていた。
俺は窓際に空席を見つけ、コーヒーカップを持ってそこへ腰掛けた。
テーブルに肘を突き、煮詰まったコーヒーを一口飲んで、素早くあたりを見回す。俺はいつもその瞬間に、今日の主役を決めるのだった。
ここはセルフサービスの小さなカフェだ。料金が格安なせいか、ここにはいつも若い連中が集まってくる。
壁際には粗末なテーブルが4つ並んでいて、この時間はそのすべてが高校生で埋め尽くされていた。
濃紺のブレザーと、灰色のズボン。そして胸元には斜めにラインの入った水色のネクタイ。
そこでお喋りする男子学生は、全員がその制服を身に着けていた。彼らはこの店のすぐ側にある男子校の生徒たちだった。
浪人生の俺は、ここでは少し浮いた存在かもしれない。今日は予備校の授業を早めに切り上げて、この店に立ち寄った。それは放課後ここへ来る男子学生を、頭の中でメチャクチャにするためだった。
自分の性癖が一風変わっている事に気付いたのは、もう随分前の事になる。
昔から俺は、少年がおもらしする姿に興奮する癖があったのだ。
おもらしした少年を捕まえて、びっしょり濡れたズボンを剥ぎ取り、その人と1つになってみたい。
そういう思いは常にあったけれど、現実の世界で自分を満たしてくれるパートナーを見つける事は難しかった。
そんなわけで、俺は仕方なく自慰を繰り返していた。こうして時々ここへ来るのは、それを手伝ってくれる人を探すためだ。
俺はいつもここで気に入った少年を見つけて、妄想の中でその彼におもらしをさせていたのだった。


 客の多い店内はざわついていた。夕方の日差しが、窓の外から斜めに入り込んでいる。
二口目のコーヒーを喉へ流し込んだ時、奥のテーブルにいる1人の少年が目に留まった。
友達と楽しそうに談笑している彼。俺はその少年を今日の主役にする事にした。
彼は丸顔で、痩せ型で、長めの髪を栗色に染めていた。笑うと頬にエクボが浮かぶ。ジュースを一口飲んだ後は、必ず舌で唇を舐める。
俺の歪んだ妄想は、彼を見た瞬間からすでに始まろうとしていた。
目を閉じて小さく息を吐くと、あたりのざわめきが遠のいていった。
気が付くと、頭の中にあるスクリーンに彼だけがぽつんと映し出されていた。 少年は真っ白なスクリーンの真ん中に、黙って突っ立っていたのだ。
くっきりとした二重の目がとても魅力的だ。だけどその目は、どこか不安げだった。
彼の身なりはきちんと整っていた。
水色のネクタイは緩む様子もなく、濃紺のブレザーはボタンが留められていて、灰色のズボンには綺麗にアイロンがかかっている。
でも俺にはもう分かっていた。シワ1つ見当たらないそのズボンに、もうすぐ黒いシミが現れる事を。

 彼は小刻みに膝を震わせていた。
頭を振って髪を揺らしたり、細い太ももを寄せ合うような仕草を見せたりもする。
少年が妙にソワソワしているのは、もちろん尿意を堪えているためだった。
広い額に汗が浮かぶ。眉間に深いシワが刻まれる。そして、膝の震えがどんどん激しくなる。
彼は俺が選ぶ主役の中では我慢強い方だった。
でも結局は時間の問題だ。何度栗色の髪を揺らしても、何度膝を震わせても、いずれは必ず我慢の限界が訪れてしまうのだ。
それでも彼は空しい努力を続けていた。
膝の震えは時間が経つにつれて更に激しくなっていった。時々腰が折れ曲がったし、額の汗が右目の横を流れ落ちていった。
尿意を堪える少年の姿は、とてもいじらしかった。でもこれ以上彼を苦しませるのは、本意ではなかった。
そろそろ彼を楽にしてあげたい。俺はそう思って、心の声を彼に贈った。
ねぇ君、もう我慢しなくていいから、漏らしちゃえよ。
そうすれば楽になれるから、思い切ってやっちゃえよ。
スクリーンの中にいるのは君だけだ。君はこの夢物語の主役なんだ。
ここからが見せ場だよ。
緊張を解きほぐして、体の力を抜いてごらん。
そうすれば、きっと楽になれるから。

 心の声で語り掛けると、彼が短く微笑んだように見えた。その時たしかに、一瞬だけ頬にエクボが浮かび上がったのだ。
額の汗は乾き、眉間のシワが消え、二重の目がきつく閉じられた。 そして一筋の光が少年を照らした時、膝の震えがピタリと止んだ。
それからすぐに、耳元でシャーッと軽快な音がした。そしてとうとう灰色のズボンに黒いシミがお目見えした。
少年はすごく穏やかな表情をしていた。彼のパンツや両足は、きっと春風のような温かさに包まれていた。
白い床の上に水が降り注がれ、少年の足元に黄色の水たまりが形成されていく。 ズボンは股下から膝の付近まで、徐々に黒いシミが広がっていった。
少年は殺風景なスクリーン上に、2色の色を加えたのだ。
でも主役の彼は、最後までその2つの色を見る事がなかった。 おもらしが終わっても、彼はじっと目を閉じて暗闇だけを見つめていたのだった。

*   *   *

 妄想の第一幕が終わりを告げると、店内のざわめきが耳に戻ってきた。
白いスクリーンは頭の中からスッと消え去り、たった今おもらししたはずの少年が、視線の先に見えた。
彼はにこやかに微笑み、同じ学校の友達と向き合ってお喋りを続けていた。
テーブルの下に見える膝は、決して震えてなんかいない。そしてズボンには、シミもシワもまったく見当たらなかった。
栗色の髪をした彼は、安っぽいグラスに口をつけてジュースを少し喉へ流し込んだ。 それからまた、舌で唇をサッと舐めていた。
すべての準備が整ったので、俺は静かに席を立った。
興奮したあそこは、石のように硬くなっていた。その時は、もう下半身がむず痒くてたまらなかった。
この店の奥にはトイレがある。俺はこれからそこへ向かい、新たな妄想を繰り広げながら自慰を決行するのだ。
そう決めた瞬間に、第二幕の演出を考え始めた。
今度は自らスクリーンへ飛び込んで、少年を後ろから羽交い絞めにする。ここで主役は交代だ。
最初はまず、ズボンの真っ黒なシミを触ってみよう。彼はそれを嫌がるかもしれないが、抵抗されるとますます興奮する。
少年が暴れたら、ズボンを引きちぎってみるのもおもしろい。
それから力で彼をねじ伏せて、黄色い水たまりの上で四つん這いにさせてやろう。
びっしょり濡れたパンツを少しだけ下ろしたら、小さな尻が目前に現れる。そして俺は、彼と1つになる。


 白い床の上を歩くと、だんだん少年の姿が近付いてきた。
彼は友達とお喋りしながら微笑んでいた。エクボを浮かべた少年の笑顔は、とても可愛かった。
無事にトイレへ行き着いたら、スクリーンの中でそのエクボにそっとキスをしよう。
もうすぐ彼とすれ違う。俺の目の前でおもらしした彼と、あと少しですれ違う。
そう思った時、突然奇跡が起こった。

 話に夢中になっていた彼の肘が、ジュースの入ったグラスをトン、と弾いた。
するとグラスは見事に横たわり、その中に入っていたジュースがテーブルの上を滑り落ちて全部彼に降りかかった。
「うわーっ!」
彼は大きく叫んで立ち上がった。店内にいたすべての人が、その声を聞いて少年に注目した。
ジュースを浴びた彼のズボンには、黒いシミが出来ていた。股下から膝のあたりにまで、シミは大きく広がっていた。
少年の足元には、薄い黄色の水たまりがあった。それは四方八方へとラインを描いて広がり続け、俺のすぐ側にまで近付いてきた。
「おい、何やってるんだよ」
彼の友達が、そう言って少年にハンカチを差し出した。 しかし彼はそれを受け取らず、眉間にシワを刻んでズボンのシミを見つめていた。
「最悪! まるでおもらししたみたいだよ」
少年が叫ぶと、店のあちこちからクスクスと笑う声が聞こえてきた。
その時彼は、自らの力でもう一度主役の座を奪い返したのだった。

 俺は現実と妄想の区別がつかなくなった。
突然頭の中が真っ白になり、黄色の水を踏んで足を滑らせた。
気が付くと、床の上に両手をついて這いつくばっていた。転んだ瞬間に膝を打ってしまい、ジワジワと体に痛みが広がっていく。
夕方の日差しが、床に広がる水たまりをキラリと光らせた。両手も膝も、微かに濡れている。
その時店の中は静まり返っていた。低い位置から見つめると、こっちに注目する少年たちの足がたくさん目に入ってきた。
「大丈夫ですか?」
水たまりの側で四つん這いになった時、彼が慌てて俺に近付いた。
少年の手が背中に触れて、一気に興奮が高まった。
「すみません、俺のせいで……」
耳の側で声がした。視線の端で、ネクタイが揺れている。
声のした方に目を向けると、俺の顔を覗き込んで、ほっとしたように彼が微笑んだ。柔らかそうな頬に、くっきりとしたエクボが浮かぶ。 本当はそこにキスをする予定だったのに、今はまったく動けなかった。
膝が痛くて立てない。もうしばらく四つん這いになって、痛みに耐えるしかない。
心の声を聞いてくれ。悪いと思うなら、少しは労わってくれ。
主役は君だ。
今すぐ俺をメチャクチャにしてくれ。
ギャラリーはたくさんいるけれど、その方が燃えるだろ?
END

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