倦怠期
 なんだかすごく気まずい。ケンカをしたというわけでもないのに、どうしてこんなに気まずいんだろう。
もしかしてこれが倦怠期というやつなんだろうか。
土曜日の午後。僕は直行くんのアパートに彼と2人きりでいた。でも直行くんと僕の間にほとんど会話はなかった。
彼は床の上に腰かけてずっとマンガの本を読んでいた。 僕は彼に構ってほしくて時々ちょっかいを出してみたけど、そのたびに鋭い視線で睨まれてしまった。
5月の空は晴れていて、彼は背中にたっぷりお日様を浴びていた。
僕はちっとも自分を構ってくれない彼にだんだんイライラしてきた。
この春から高校生になった僕は、4月からすでにサッカー部に入部していた。 本当は今日だってサッカー部の練習があったのに、僕は直行くんに会うために部活をさぼったのだった。 それなのに、彼はちっとも構ってくれない。これでは僕がイライラするのも当然だった。
直行くんは4月から社会人になった。それ以来彼はなんだか僕に冷たくなっていた。
少し前まで僕たちはすごく仲良しだったのに、もしかして彼は僕に飽きてしまったんだろうか。

 つまんない。僕はそう思って立ち上がった。
するとマンガに夢中になっていた彼がパッと顔を上げて僕を見つめた。
「もう帰るのか?」
僕はますますわけが分からなくなった。
直行くんはずっと僕を無視していたくせに、僕が立ち上がると急に寂しそうな顔をしたんだ。
でも僕は直行くんが好きだし、彼の寂しげな目に弱かった。
「まだ帰らないよ。トイレに行くだけ」
僕はにっこり笑って彼にそう言った。すると直行くんもマンガの本を投げ出してにっこり笑った。
直行くんは立ち上がった僕の手を強引に引っ張って僕を自分の膝の上に乗せてくれた。 そんなふうにしてもらうのは久しぶりで、僕はすごく嬉しかった。
直行くんの大きな目は優しく僕を見つめていた。ふっくらした唇は濡れて光っていた。
彼の肩に手を回すと、直行くんが僕に少し長めのキスをしてくれた。彼の舌が僕の舌に軽く触れると、僕の心臓は大きく高鳴った。
「お前、最近また可愛くなったな」
最初のキスが済むと、直行くんが笑顔でそう言ってくれた。 僕はもっともっと嬉しくなって、彼の胸にぎゅっと抱きついた。すると彼もたくましい腕で僕を抱き締めてくれた。
直行くんは胸板が厚かった。その筋肉は高校の時にラグビーで鍛えたものだった。
僕は彼に抱き締めてもらうのが久しぶりで、本当はもう少しこのままでいたかった。 でも差し迫る尿意が僕たち2人のひと時を邪魔してしまった。
「直行くん、離して。僕トイレに行ってくるから、その後でまた……」
「ここで漏らしちゃえよ」
僕のセリフが最後まで終わらないうちに彼がそう言った。僕は彼のセリフを冗談だと思ってすぐに笑い飛ばした。
「もう、バカ。早く離して。本当に漏れちゃうよ」
「2人きりなんだから、別にいいだろう? ここでやっちゃえよ」
僕はその時初めて彼の本気を悟った。直行くんの目が真剣そのものだったからだ。
なんとかして僕を抱き締める彼の腕を振りほどこうとしたけど、直行くんは絶対に僕を離してくれなかった。 彼は半年前までラグビーをやっていた人だ。僕がどんなにがんばっても彼の本気の力にかなうはずなどなかった。
「嫌だ。離して」
僕はそう言って何度も彼の肩を叩いた。だけど彼はビクともしなかった。
しばらくすると体中に変な汗をかき始めた。僕はもう本当に尿意を堪えきれなくなっていた。

 「お前が好きだよ」
もう頭が真っ白になって体が言う事を聞かなくなった頃、直行くんが僕の耳にそう囁いた。
彼の柔らかい髪が僕の耳に触れた瞬間、僕はとうとう我慢の限界を越えてしまった。
静かな部屋の中にシャーッという音が大きく響き、僕の水色のジャージがびっしょり濡れた。
勢いよく溢れ出たおしっこがどんどん彼の膝の上に流れ落ちていく。
直行くんは僕がおもらしする様子を黙って見つめていた。彼のジーンズは僕のジャージと同じぐらいしっとりと濡れていた。
「直行くん、トイレに行かせて」
そう言ってはみたものの、今更トイレに行ってもどうしようもない事はよく分かっていた。
直行くんは決して僕を離そうとしなかった。
膀胱の中にたまっていた水分が僕の腹部を圧迫し、次々とおしっこが流れ落ちていった。 僕はもう何をどうやってもその流れを止めることができなかった。
僕のおもらしは照りつけるお日様の下で長々と続いた。

 やっとおもらしが止んだ時、直行くんが僕の耳元に小さくこう囁いた。
「悪い子だな。おもらししちゃったのか」
そう言われた時、僕の頬がカッと熱くなった。
「トイレに行かせてくれなかったくせに!」
心の中では大きくそう叫んでいるのに、僕はその時何も言えなくなっていた。
今度は僕の目から大量に温かい水が溢れ出した。涙は頬を伝って次々と首筋に流れ落ちていった。
濡れたジャージを身につけているのがすごく気持ち悪かった。直行くんの目の前でおもらししてしまった自分が 恥ずかしくてたまらなかった。
でもその後、直行くんが何故だかすごく優しくなった。
「好きだよ」
彼はそう言ってもう一度僕の唇を奪った。
その時僕は直行くんが興奮している事に気付いた。 彼のキスはすごく激しかったし、ジーンズに隠されたあそこも硬くなっているようだった。
彼は逞しい腕でひょいと僕を抱え上げ、お日様の当たるベッドの上までそっと運んでくれた。
彼の枕に頭を乗せると、一瞬埃が舞い散った。
直行くんは僕の上にかぶさり、大きな手で頬に流れる涙を拭いてくれた。彼の手はとても温かかった。
「泣かせてごめん。でも、可愛かったよ」
彼の右手が僕の頬を包み込んだ。
日焼けした肌と、切れ長の目と、濡れた唇。その時直行くんの顔は僕のすぐ近くにあった。
僕が目を閉じると、濡れた唇が僕の唇に重ねられた。直行くんとのキスは、おもらしよりも長く続いた。
倦怠期を抜け出すには何かサプライズが必要なのかもしれない。
僕はその時、心の中でそう思っていた。
END

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