素敵な日曜日
 学校から帰ると、すぐに赤いジャージに着替えた。
本棚には、何回も読み返した長編漫画の本が並んでいる。 その中の1冊を手に取って、僕はベッドに寝そべった。
窓の外には、雲一つない空が広がっている。 5月の日差しは、僕の布団を程よく温めてくれていた。
お日様の温もりに包まれながら、静かに漫画のページをめくっていく。
これがいつもの暇つぶしの方法だ。とにかく今は、こうして待つしかないのだった。

 外の日差しが薄くなってきた頃、その時は訪れた。
僕は漫画の本を手放して、大きく息を吸い込んだ。
緩やかな尿意に襲われて、体の内側から膀胱がくすぐられる。
我慢の始まりは、いつも心地がよかった。楽しみを目の前にして、ワクワクするような感覚だ。
緩やかな尿意は、すぐに変化を遂げていく。 膀胱に何度もおしっこの波が押し寄せて、だんだん我慢が辛くなってくる。
それでも僕は、いつもギリギリまで耐えた。 ソワソワして冷汗が出ても、自分の限界に挑戦するのだ。
膀胱に大波がやってきて、足がブルブルと震えた。多分次の波がきた時には、もう漏らしてしまうだろう。
そう思った時、窓の外でカラスが鳴いた。それがきっと、限界を知らせる合図だったのだ。

 僕は早速起き上がり、廊下を歩いてバスルームへ向かった。
そんなに広い家ではないのに、この時だけは目的地までの距離がすごく遠く感じる。
最初のドアを開けて洗面台の前を歩く時、僕の息は荒かった。こうして歩いている時が、実は1番苦しいのだ。
やっとの思いでバスルームに飛び込むと、その瞬間におもらししてしまった。
天然のシャワーが股間を熱くして、白いタイルの上に水が流れ落ちていく。
おしっこのジャーッという音が、壁に反射して跳ね返ってきた。 僕はその時、破裂寸前の膀胱が悲鳴を上げているのだと思っていた。
苦しみを乗り越えてここへ辿り着くと、大きな達成感に包まれた。
尿意を感じるまで辛抱強く待ち、我慢に我慢を重ねた挙句、自分を解放する。
僕は今日も、それをやり遂げたのだ。これ以上の快感を、僕は他に知らなかった。
膀胱からスーッと水が引いていく時の、言葉にしがたい快感は、我慢に耐えた僕だけが味わえるものだった。
おもらしして足が濡れる感覚が、堪らなく好きだ。ジャージはびしょ濡れで、靴下も水を吸って、排水溝におしっこが吸い込まれていく。
その様子を見ると、淫らな現実を目の当たりにして、すごく興奮してしまう。
そして僕は昇天するのだ。おもらししながら目を閉じると、そこは既に天国だった。

*   *   *

 日曜日の午後。僕はフラッと家を出て、コンビニへ買い物に行った。
母さんは用事で朝から出かけていたし、父さんは急な仕事で会社へ行った。 そして僕は、家で1人きりになる事ができた。
こんな時は、あれをやるに限る。 美味しいお菓子をつまんで、ジュースをゴクゴク飲んだら、バスルームに直行して好きなだけおもらしをするのだ。
僕は4月から中学生になって、新しいクラスに馴染めずにいた。 友達のいない学校はつまらなかったけれど、1人遊びを覚えた今は、そんな事が気にならなくなっていた。
今日は夕方から天気が崩れる予報が出ていた。その前に早く帰って、1人の時間を楽しみたい。
そうは思ったけれど、楽しみは後に取っておきたいような気もした。だから僕は少し回り道をして、家へ帰る事にしたのだった。
「谷口くん!」
ウキウキしながら歩いていた時、突然誰かに後ろから呼び止められた。 驚いて振り向くと、急に心臓がドキドキしてきた。
僕を呼び止めたのは、同じクラスの宮西くんだった。 彼は新しいクラスで、唯一僕が気に留めている人だったのだ。
宮西くんは髪が綺麗で澄んだ目をしている。とても健康的で、真っ白なイメージの少年だ。
「こんな所で会うと思わなかった。買い物の帰り?」
右手にぶら下げたレジ袋を見て、彼はそんなふうに言った。 一度も話した事のない僕に笑顔で声を掛けるなんて、彼はとても気さくな人だと思った。

 その後僕たちは、しばらく2人で土手の上を歩いた。 春風が緑の香りを運んで来て、道端の雑草がサワサワと揺れている。下の方に見える細い川は、静かな流れを保っていた。
自分を焦らして正解だった。回り道をしてここを通ったら、偶然彼に会えたのだから。
宮西くんは僕と色違いのジャージを着ていて、それがすごく嬉しかった。
僕は彼の奥ゆかしい笑顔が好きだった。少し目を細めて、歯を見せずに笑うのが好みだったのだ。
こんなに側にいると、白い肌に触れてみたくなる。そしていつかは、彼の胸に抱かれてみたい。
「よかったら、これから遊ばない?」
そう言われて、思わずときめいた。1人遊びが好きな僕だけれど、彼の誘いは特別だった。
宮西くんは優しい声でいろいろな事を話してくれた。 家で猫を飼っている事とか、野球が好きな事。そしてゴールデンウィークには、どこへも行かなかった事。
そんな話を聞くと、すごく親近感を覚えた。僕も昔は猫を飼っていたし、連休中はずっと家に籠っていたからだ。


 夢中で彼と話していると、急に空が灰色に染まった。 ついさっきまで晴れていたのに、青い空が雲に覆われてしまったのだ。
「雨が降りそうだね」
宮西くんが、空を見上げてそう言った。 彼が言うように、予報よりも少し早く雨が降り出しそうな気配がした。
随分回り道をしてしまったけれど、この天気を口実に彼を家に誘ってみようか。
恐らく両親の帰りは遅いだろう。もしも彼が来てくれたら、夜まで2人きりでいられるかもしれない。
そうすればきっと、宮西くんと友達になれる。うまくいけば明日からの学校生活に、嬉しい変化が訪れるかもしれない。
そう思って前を向いた時、頭の上に冷たい感触が走った。 不意に大粒の雨が落ちてきて、地面の色が一気に変わり始めた。
宮西くんは両手を頭の上に置いて雨を避けようとしていたけれど、そんな事ではどうにもならないほどの激しい雨が、僕らに突然降り注がれた。
周りは原っぱで、雨宿りのできそうな場所はどこにもない。
バケツをひっくり返したような雨が、乾いた髪を湿らせる。 急な雨の音は凄まじくて、大声を出さないと会話が成立しなくなってしまった。
「図書館に避難しよう! 走るぞ!」
宮西くんが叫んだ後、僕たちは降りしきる雨の中を走り出した。 前方の景色は白く霞んでいた。突然の豪雨は、それほど激しいものだったのだ。
大きな雨音が僕らの足音をかき消した。少し前を走る宮西くんの背中は、左右に揺れ動いている。そのうちに風が強くなって、体がだんだん冷えてきた。
本当は彼に追い付きたいのに、レジ袋の中身が重すぎて思うように走れなかった。しばらくすると、遠くの方で雷が鳴った。向かい風が強すぎて、ますます前に進めなくなった。
道端の雑草が大きく揺れている。もう雨音と風の音以外は何も聞こえない。
宮西くんの姿が霞の向こうに消えていくと、彼の存在が幻だったかのように思えてきた。
何度も何度も強い風を浴びると、本当に寒くて堪らなかった。
5月の日差しは、いったいどこへいったのだろう。宮西くんと共に、幻となって消えてしまったのだろうか。

 体が冷えて全身に寒気が走ると、計算外の事が起こった。
走っている最中に、体の内側から膀胱がくすぐられるのを感じた。さっきまでは全然そんな気配がなかったのに、寒さが尿意を誘発してしまったようだ。
いつものように、おしっこの波が膀胱の中を渦巻いている。
雨は厄介だったけれど、我慢の始まりは心地がよかった。 緩やかな尿意は、やがて変化を遂げていくはずだった。
図書館までは、まだ遠い。景色が霞んで距離感が掴めないけれど、もうしばらく原っぱが続くのは分かっていた。
雨粒が頬を直撃して痛かった。もう全身がずぶ濡れで、土手のあちこちに水たまりができている。
宮西くんの姿はまったく見えない。彼はきっと、僕のずっと前を走っているに違いなかった。
膀胱に何度もおしっこの波が押し寄せた。 最初は小さな波だったのが、だんだん大波に変わっていくのを肌で感じる。
そしてある時から、心地のいい我慢が辛い我慢に移行していった。
きっともうすぐ、バスルームへ向かう際の、一番苦しい時がやってくる。
でも今は、いつもとは勝手が違う。家の外でこんなふうになるなんて、本当に計算外だった。
どうしよう。近くにトイレはない。図書館へ着くまで我慢できるような状況でもない。
否応なしに限界は近付いてきた。 それと同時に息が荒くなって来たけれど、雨音が激しくて自分の息遣いさえ聞こえてこなかった。

 僕は遂に立ち止まった。これ以上動いたら、おもらししてしまうのが分かったからだ。
辛い思いで我慢をしながら、足を震わせて立っていた。するとその時、ここがおもらしするのに最適な場所だと気付いた。
僕は白い霞に包まれている。周りに人はいないから、おもらししても誰にも見られる心配はない。
でも別に見られたって構わない。既に全身がずぶ濡れだから、おもらししても誰にも分からないはずだ。
次々と降り注ぐ雨は、きっとおしっこを中和してくれる。おしっこの音は、間違いなく雨音がかき消してくれる。
厄介なはずの雨は、僕の味方をしてくれた。もうどうやっても我慢できないんだから、いつものように楽しむしかない。
幸いな事に、その時僕は深い水たまりの上に立っていた。強い風が吹いて、足元の水たまりが波打つ様子をはっきりと見た。 そこに少しぐらいおしっこが注がれても、その様子はほとんど変わらないはずだった。

 僕は幸運に身を委ねた。立ち止まっている間に限界を超えてしまい、初めて外でおもらしをした。
股間が熱くなったのはほんの一瞬だけで、温かい水はすぐに雨に冷やされた。
想像通りに、おしっこの音はまったく聞こえてこない。 膀胱の水が、スーッと引いていく。言葉にしがたい快感が、雨と一緒になって心に降り注がれる。
雨に打たれて風に吹かれ、水を含んだ大地の上でおもらしするのは、最高に気持ちが良かった。
バスルームでやるのとは訳が違う。開放感が倍増する。
僕は自然と一体になれた。自分の一部が雨になり、雨と一緒に水たまりを作り、その集合体が風に吹かれている。
もう1人ぼっちじゃない。空から舞い降りる雨は、今日から僕の友達だ。
「谷口くん、大丈夫?」
白い霞の向こうから、愛しい人がやってきた。ずぶ濡れの彼は、なかなか追って来ない僕を心配して戻って来てくれたようだ。
濡れた髪が頭皮に貼り付いている。水を吸ったジャージは、色が少し変わってしまっている。 彼は雨粒を払うように顔を脱ぐい、澄んだ目をして僕を見つめた。
彼は決して幻ではなかった。一時は霞の向こうに消えたのに、僕を見捨てず戻って来てくれた。
豪雨はまだ続いている。何もかもが水にまみれていて、僕がおもらししている事に彼は気付かない。
外でおもらしする興奮と、彼に見られながらおもらしする興奮が重なった。
そして僕は昇天した。おもらししながら澄んだ目を見つめ返すと、急に意識が遠くなっていくのを感じた。
体が前後にふらついて、視界が大きく揺れ動いた。重いレジ袋は右手を離れて、水たまりの上に落下した。 脱力して腰が砕け落ちそうになった時、宮西くんが僕の体を支えてくれた。
冷たい雨の下で、温かい胸に抱かれた。今日はすべてが僕に味方をしてくれて、こうして望みを叶える事ができた。
「君が好きだよ……」
彼の胸に顔を埋めて、小さく囁いた。雨音がすべてをかき消してくれるから、今なら何を言っても平気だった。
「熱があるんじゃない? 家まで送るよ。濡れたままじゃ風邪ひくよ」
大きく叫ぶように、彼が言った。僕は遠ざかる意識の中で、その声を聞いた。
今日はなんて素敵な日曜日なんだ。これ以上の素晴らしい日を、僕は他に知らなかった。
END

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