タイムカプセル
 今僕は学校が夏休みで田舎のお祖母ちゃんの家へ遊びに来ている。
お祖母ちゃんの家は古くて大きな和風の建物だ。
中庭にはひまわりの花が咲き乱れ、そこにはずっとセミの声が響いていた。
田舎の空は真っ青だ。ここではギラギラ輝く真夏の太陽がすごく近くに見えた。

 今年の夏休みは久しぶりに13人の従兄弟全員が集まった。
従兄弟たちが夏休みにお祖母ちゃんの家へ集まるのは毎年の恒例行事だった。 でも大抵2〜3人は用事があって来られなくなるのが常だったんだ。
13人の中で女の子はたったの1人だけだ。彼女は1番年下の5歳で、皆のマスコット的な存在だった。
他の12人の内訳は、高校生が1人と中学生が3人。小学校高学年が2人と低学年が6人だった。
僕たち13人はお昼ご飯を食べた後お祖母ちゃんの家の中庭で鬼ごっこをしたり土いじりをしたりしてしばらく遊んでいた。
外はすごく暑かったから、小さな従兄弟たちはほとんど裸のような格好で走り回っていた。
1番年上の良行くんは小さな従兄弟の面倒を見るのに四苦八苦していたようだった。 でも彼は優しい人だから、どんな時でも笑顔を絶やさなかった。
彼は日に焼けた顔をクシャクシャにして子供のようににっこり微笑む。
僕はきっとその笑顔のためならどんな事だってできると思う。

 お祖母ちゃんが縁側に現れて皆にスイカを振る舞ってくれたのは午後3時頃の事だっただろうか。
僕たち13人は縁側に並んで腰掛け、皆で甘く冷たいスイカを頬張った。
外は本当に暑かったから、冷たいスイカがより一層おいしく感じた。
5歳の女の子はスイカの種を頬に飛ばしていた。そして食いしん坊の従兄弟は欲張って3つもスイカを食べていた。
遊び疲れた僕たちはスイカをたいらげた後涼しい畳の部屋でごろ寝をした。 皆適当な場所を陣取って、扇風機の風を浴びながら夢の世界へ入っていった。

 お祖母ちゃんが中庭にタイムカプセルを埋めようと言い出したのは、僕らが2時間ぐらい仮眠を取った後の事だった。
タイムカプセルは10年後に皆がここへ集まった時に掘り起こそうとお祖母ちゃんは言った。
僕らは夕食の後10年後の自分へ宛てて手紙を書くように言われた。 それはもちろんタイムカプセルに入れて埋めるための手紙だ。
この時僕は1番年上の従兄弟である良行くんに宛てて手紙を書く事にした。
良行くんは現在17歳。彼は10年後には27歳の立派な大人になっているだろう。
そして僕は現在14歳。10年後の僕は、果たしてちゃんとした大人になっているだろうか。

*   *   *

 27歳の良行くんへ

良行くんは今何をしているんだろう。
自分の夢を叶えて漫画家になっているだろうか。
それとも、夢を諦めて普通のサラリーマンになっているだろうか。
良行くんは今日という日の事をちゃんと覚えているのかな。
きっと覚えているよね。僕もきっと今日の事は一生忘れないと思う。
今日の午後、皆でスイカを食べたよね。その後僕たちは涼しい畳の部屋で昼寝をした。
良行くんはその時の事をきっと今でも忘れていないよね。

お祖母ちゃんが僕らを起こしにきたのは5時を少し過ぎた頃だった。
昼寝をしていた僕たちは、もうすぐ夕食の時間だからそろそろ起きなさいって言われたんだ。
大の字になって眠っていた僕は、お祖母ちゃんのその声を聞いてパッと目を開けた。 すると最初に黒いシミの付いた天井が見えた。
その時僕の隣に寝ていたはずの良行くんは、もうそこにはいなかったよね。
良行くんはいったいいつ目を覚ましてあの涼しい部屋を出て行ったの?

あの時お祖母ちゃんはまだ眠そうにしている小さな従兄弟たちを次々と起こしていった。
でも早くに目を覚ました何人かはその時もう奥の部屋に集まってテレビを見ていた。 良行くんもその中の1人だったよね?
僕はゆっくりと起き上がって、小さな従兄弟のお尻を叩くお祖母ちゃんの姿をぼんやりと見つめていた。
それからなんとなく足元に目を向けた時、僕は妙な事に気付いてしまったんだ。
僕が寝ていた横の方の畳が濡れていたんだよ。黄土色の畳が、そこだけ濡れて丸くこげ茶色のシミができていたんだ。
そのうちにお祖母ちゃんもその事に気が付いた。それは明らかに誰かがオネショをした跡だった。

あの時早くに起きて奥の部屋へ行っていた子が5人いたよね。それは良行くんの他は小さな子ばかりだった。
お祖母ちゃんはその中の誰かがオネショをした犯人だって事をちゃんと分かっていた。
お祖母ちゃんが皆を起こしにきた時、畳の部屋で寝ていた子の中にはパンツを濡らしているような子が見当たらなかったから。
でもあの時良行くんはちっとも疑われなかったよね。
だって君は、従兄弟の中で1番お兄さんだったから。 17歳の良行くんがオネショをするなんて、きっと誰も思いもしなかったから。

「誰がオネショしたの? 正直に言いなさい」
お祖母ちゃんはテレビの前に座る従兄弟たちを睨み付けて何度もそう言ったよね。
あの時疑われたのは小学校1〜2年生の子ばかりだった。
あの子たちはオネショなんかしてないって大きな声で訴えていたけど、お祖母ちゃんはきっとその言葉を信じていなかったよね。
良行くんはあの時、ただ黙ってテレビを見てた。
大型テレビの前で体育座りをして、ティーシャツの裾をめくって背中をボリボリかきながら知らん顔してつまらないテレビを見てた。
あの時僕は気付いていたんだ。
良行くんは朝からずっとジーンズをはいていたのに、あの時君は黒いジャージのズボンにはき替えていた。
昼寝をする前と後の服装が変わっていたのは良行くんだけだった。
畳の部屋でオネショしたのは、本当は良行くんだったんだよね?
犯人探しをするお祖母ちゃんに背を向けてテレビを見ている時、きっと君はずっとビクビクしていたんだろうね。

でも僕はこの事を一生誰にも言わないよ。
良行くんの事が好きだから、絶対誰にも言わない。
今日の出来事は、10年後の君にとって笑い話になっているだろうか。
もしも10年後の君が僕の隣で笑っていてくれたら、僕はきっとすごく幸せだと思う。
良行くんを好きっていう気持ちは、10年経っても絶対に変わらないと思うから。
END

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